【運行日誌 成田本店つくだ店さん その2】 「遊んでばかり」ですみません
- 洗練された田舎研究所 一般社団法人
- 7月20日
- 読了時間: 5分
更新日:6 日前
自分のやりたいことは何だろうか
存在意義は何だろうか
自分の本当に好きな事ってなんだろうか
誰かに必要とされていることってあるだろうか
これはやって意味があるだろうか
人生の時間をむだにしているのではないだろうか
みたいなことを考えている方もいるかもしれません。
そうしたことは
その人なりの答えにたどりつくということもあるかもしれませんが
ほとんど場合、それほど意味があるようにも思えない
というのが個人的な感覚です。
それが言えることがどうしても必要なのか
それとも、日々の充実や幸福を感じることのほうがよいのか
どちらかと言えば、
後者が満たされていれば、ほとんど気にならないのではないでしょうか。
よく仕事で忙しい方などで
「わたしの時間を無駄にしないで!!」
みたいなことを言ったり、イライラしてSNSで書いたりしているのを見ると
シンプルに
「・・・できるだけ関わらない方がいいな」
と感じてしまったりします。
どんなに今現在重要なポストにあったり、意義深いお仕事をされていたとしても
いずれ死にますし、死んでも誰かが代わりをします。
そうして何年かしたら、だれもその人の話などしなくなりますし
「必要とされる」
なんていうニーズはそもそも無くなってしまいます。
『心を病む』
ということは、とてもつらいことです。
何もしたくなくなったりするはずですし、下手をすると人生もやめてしまいたくなることもあるでしょう。
出来れば、そうなってしまう前に、生活に取り入れた方が良いもの
それは「遊び」です。
うごく本バコでは
本を読むだけでなく、
落書き
けん玉
アナログなゲーム
なんかも積んでいます。
「落書きどうですか?」
と聞くと、
「いえ、わたし絵心がないので」
と大人の人ほど遠慮します。
これは
「下手だと恥ずかしい」
という意味だと思いますが、言い方を変えれば
「絵を描くことを楽しめなくなった、絵で遊べなくなった」
ということかもしれません。
子どもたちは、上手いとか下手とか関係なく
「バスに落書きしていいの?面白そう!」
とすぐに描きはじめます。
絵というか、「何か描きたい!」という勢い、好奇心、意欲の方が強いです。
もちろん、描いたことに報酬が出るわけでもなく
褒めてほしいわけでもなく
「やってみたい!」
という『意欲』です。
多くの方が失っているのは、
こうした「湧き出てくるような意欲」ではないでしょうか。

「そんなことやっても時間のむだ」
「1円にもならない」
「そんなにうまくできない」
「もっといい道具じゃないとやりたくない」
「みんなに見られたら恥ずかしい」
子どもたちが「描いてみたい」と言って描くので
しかたなく見ているうちに
大人の方もなんだか描いてみたくなってくるようです。
子どもがそろそろ飽きてきた、、、と保護者の方をみると
保護者の方の方が熱心に描いている
なんていうこともよく見受けられます。
もちろん
「好き嫌い」はありますから
「わたしは絵を描くよりは音楽をしていると楽しい」
「やっぱり本を読んでいるのが楽しい」
という人がいるのは、まったく問題にはなりません。
「楽しいこと」
は人それぞれでステキなことです。

おしゃべりが好きだったり
人間観察が好きだったり
何か作るのが好きだったり
その人が、「楽しいなあ」と感じることは
『人との比較』は関係ありません。
その人なりに『遊ぶ』ということは、心の回復につながる時間です。
そこには「お金」もあまり関係ありません。
高い楽器が欲しくなってしまう、コレクションとして人に見せたいとかだとそれなりにお金がかかりますが
歌ったり、踊ったり、描いたり、作ったり、本を読んだりする程度であれば
実はそこまでお金はかかりません。
うごく本バコでの時間の使い方は、そういう感じです。
今、本屋さんが危機に瀕しているのはご存じの通りです。
ネットの広がりや、メディアの変化で、青森県内の4割の自治体に書店がありません。
うごく本バコは「移動図書館」のようですが、
自治体で移動図書館を持っているのは
青森市、むつ市、八戸市、弘前市、六戸町だったかなと思います。
おおよそ、大きい市しか持てないですし、むしろ大きい図書館が管轄していないと運行できないのでしょう。
つまり
本来必要な田舎の地域、孤立した集落にこそ必要な「移動する」という機能がないのです。
そうすると、「遊びの欠乏」や「孤立」がより深刻になっていきます。
そこで、
「自分が生きる意味とは!!」
なんて考え始めたら、つらいのはさけられないのではと思ったりします。
わたしたちのこころの健康は、意外と簡単に崩れます。
その対処の一つが「遊び」です。
「遊んでばっかりいる」
というのは、実は幸せなことです。
これからの地域の「遊び」をどうするのかは、
田舎暮らしの幸福度の向上にけっこう大事な要素だと考えています。
各地の図書館では、これまでの真面目っぽい図書館ではなく
来館しやすくする取り組みがすすめられていて
カフェはもちろんですが
コミュニティーの中核としての位置づけや整備も増えてきています。
こうしたところにも、どうしても地域格差が生じてくるので
うごく本バコとしては、小さな集落もできるだけ取り残さないという意識を持っています。
「これって行政がやってるんですか?」
と何人もの方に聞かれ
「いえいえ民間ですよ~」
というと皆さん一様に驚かれて、チャリン!と活動募金をしてくださいます。
ありがとうございます!
『ますますの遊びの充実に使わせていただきます』




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